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大正2年
大正2年に歯科医の親睦と連絡の機関として創立した札幌歯科医師会が、その後、制度の改変により北海道歯科医師会札幌支部として名称変更、激動する社会情勢の中で幾多の困難を克服しつつ終戦を迎えた。
昭和22年11月1日
戦後の一大改草により、新制社団法人札幌歯科医師会が再発足し、今井金造先生が初代会長となる。石井次三先生、奥田良雄先生と相継いだその後の約10年間は、戦後の混乱期に当たり、混迷する社会の租税問題、揺籃期の健康保険問題、札幌市国民健康保険に関する事柄等、山積する諸問題を解決処理した。
昭和34年
庄内正春先生が会長就任。昭和37年11月、中央区南12条西8丁目に札幌歯科医師会館を取得し、会館の形態が整った。
昭和40年12月
会員の福祉共済を目的に札幌歯科医師協同組合が設立、翌々42年には会員の強い要望に応えて、会立札幌歯科衛生士学院を設立し、同年秋には会館を増築して学院校舎を作り、歯科医療補助者養成事業の第1歩を踏み出す。
昭和44年
岡野修三先生が会長職に就かれ、教育事業の充実と会員相互の意志の疎通に努カされた。
昭和46年
窪田賢三先生が第6代の会長に就任され、会員総意のもとに現在地(中央区南7条西10丁目)に新会館の建設に踏み切った。
昭和47年4月
歯科医療補助者養成事業の第2段階として、会立札幌歯科技工士学院を開校した。
昭和48年3月
新会館の落成を機に両学院を統合し、歯科衛生士科・歯科技工士科に加えて現在の専攻科を併設し、札幌歯科学院が発足した。更に、地域住民の二一ズを先取り、夜間における・口腔疾患の救急処置並びに口腔衛生全般に寄与することを目的に、会立口腔医療センターを開設し、同年5月に全国初の年中無休の夜間救急歯科診療を開始した。
昭和52年2月
札幌歯科学院が「専門学校」として認可を受け、会立歯科学院専門学校となる。
昭和53年
障がい者の歯科診療に着目し、口腔医療センターの拡充整備の検討を進めている最中、窪田会長が病に倒れ創立以来初めて会長が任期途中に退任するという非常事態となった。残任期間を高橋博長先生が引き継ぎ、至難のピンチヒッターの役割を見事に務め上げたのである。
昭和54年
山田 譿先生が会長に就任、鋭意会務を遂行、軌道に乗りつつある時、診療所の適正配置が独占禁止法違反の疑いにより、歯科界初の公正取引委員会立入調査、歯の110番の問題等が起こり、世情騒然たるなかを山田会長を先頭に会員一丸となって歯科医業の信頼回復に努力した。 
昭和56年
鈴木伊佐夫先生が会長に就任し、頓挫を余儀なくされていた会館拡充問題に精力的に取り組んだ。
昭和57年3月
会館拡充工事に着手、同年11月に増築完成、12月には口腔医療センターにおいて障がい者歯科診療を開始。第10代会長に尾崎精一先生が就任された。
昭和58年4月
歯科衛生士養成事業の修業年限が2年に延長されるとともに定員増を図る等、再び飛躍的発展段階を迎えた。
昭和62年4月
札幌市行政区に準じて支部制を施行、その後平成2年・3年の2回の定款改正を経て、現在は10支部制を施行している。 
平成9年
第11代会長に鶴岡一彦先生が就任。札幌歯科医師会新制50周年・札幌歯科学院専門学校創立30周年を迎え記念式典を開催。またこの年、札幌歯科医師会のホームページが開設された。
平成12年
白石区をモデルに「いい歯なんでも相談」を1週間実施。翌平成13年には全市が対象となり、平成14年には実施期間が1ヶ月間に延長された。
平成16年
札幌市歯周疾患検診事業開始。
平成17年
市民歯科健康講座を「口腔と全身を考える-元気な生活は口の中から-」と題し開催、好評を得たほか、「さっぽろ歯っぴいネットワーク」の立ち上げ、市民向けホームページ「デンタルカフェ」開設など、市民への歯科啓発を目的とした様々な動きが活発化した。
平成18年
第12代会長として藤田一雄先生が就任。今や会員数は1,300名を超え、昭和22年創立当時の約10倍を数える。我々の先人達が地域歯科保健医療の発展と向上に果たしてきた功績を誇りとし、今後尚一層、地域住民の歯科保健医療の向上のため全会員一丸となって邁進する。
平成25年4月
一般社団法人へ移行。
平成25年6月
札幌歯科医師会 公認 マスコットキャラクター 「さっしぃ」誕生。“さっぽろ歯っぴいらんど”ほか、各種イベントにて活躍中。
平成25年7月
第13代会長として山田 尚先生が就任。